雨楽な家 URAC MODERN雨楽な家 URAC MODERN

雨楽な家BLOGBLOG

2026.02.04

匂いおこせよ梅の花

梅の花

受験シーズン真っ只中ですが、中高、大学など子どもの受験を前に、保護者の8割近くが神社や寺で合格祈願をするそうです。祈願をした社寺を選んだ理由で多いのは、「学問の神様で有名だったから」が一番で、次が「いつも参拝する神社だったから」。
合格祈願で多い場所は、湯島天満宮(東京)・太宰府天満宮(福岡)・北野天満宮(京都)・大阪天満宮(大阪)など。天満宮に一極集中ですね。合格祈願のときにしたことで多いのは、一番が「お守りを買った」、次が「絵馬を買った」だとか。

画像は大阪天満宮に奉納された「梅の絵馬」です。なぜ梅なのでしょうか。というわけで、今回のテーマは、「匂いおこせよ梅の花」。

 

学問の神様、菅原道真をまつる福岡県太宰府市の太宰府天満宮で、1月19日にご神木の「飛梅(とびうめ)」が開花したそうです。太宰府天満宮の本殿に向かって右手にあるのが白梅の飛梅で、昨年より26日も早い開花だとか。上の画像が太宰府天満宮の飛梅です。

「東風(こち)吹かば 匂ひおこせよ梅の花 あるじなしとて 春な忘れそ」
菅原道真は、幼少の頃から梅を好み、いわれのない罪で京都から大宰府へ左遷される折、自邸の庭の梅の木にこの歌で語りかけました。梅の花よ、春風が吹いたら、その匂いを大宰府まで送っておくれ。私がいなくなっても、春を忘れてはならないよ。

すると、その歌に応えるように梅の木は道真を慕って、京都から大宰府へ一夜で飛んできたと伝えられ、以後、境内の六千本の梅に先駆けて花開くといわれます。飛梅は、色玉垣という極早咲の八重の品種で、春の訪れを真っ先に告げ、参拝者から喜ばれています。

全国に約一万二千社あるという天満宮は、平安時代の学者で「学問の神様」として有名な菅原道真を祭神としてまつる神社です。受験合格や学業成就を願う参拝者が数多く訪れ、「天神さま」として親しまれています。

梅の花

梅の花

下の画像は太宰府天満宮の絵馬掛けです。
受験シーズンで連日多くの参拝者が合格祈願に訪れ、絵馬に願いを込めます。
受験生が飛梅に春を感じて心いやされ、平常心で受験に臨めるといいですね。
全国の受験生の皆さんとご家族に「サクラサク」春が訪れるよう願っています。

 

天満宮には座る牛の像が奉納されています。天神さまにとって牛は神のお使いで、境内には多くの牛が鎮座し、御神牛と呼ばれます。なぜ牛が選ばれたのかというと、天神さまこと菅原道真が丑年生まれであったことが関係しているとか。

牛が立ち牛ではなく臥牛である由来となったのが、北野天神縁起絵巻で語られる次の伝説です。延喜3年(903年)菅原道真が大宰府で生涯を閉じる際、「遺骸を人にひかせず、牛の行くところにとどめよ」との遺言があり、牛車で運ぶ途中で車をひく牛が座り込んで動かなくなった場所に埋葬したというものです。この場所が今の太宰府天満宮となったそうです。

境内の御神牛は、なでることでご利益を与えてくれる存在になりました。天神さまにあやかろうと、頭が良くなるように牛の頭をなで学問成就を願う。足に不調あれば牛の足をなで治癒を願うというように。遠い昔から広く人々に親しまれた天神さまらしい信仰の形ですね。

梅の花

 

「花見」といえば「桜」を観賞するのが一般的ですが、奈良時代には「花見」といえば「梅」の花見でした。画像は太宰府天満宮の紅梅です。「桜」は樹木全体を愛でるものであるのに対して、「梅」は一輪一輪を観賞するものといわれます。

梅雨になると梅の実は梅干しや梅酒など食用として収穫されますが、梅の木材はどんな用途に活かされるのでしょうか。梅の木は硬く、緻密な木肌と紅褐色の美しい色合いを持つため、木工細工や装飾材として活用されます。磨くと光沢が出ることから、数珠、そろばん珠、将棋の駒などになり、強く耐久性があるため、工具の柄、ステッキなどに利用されます。

枝の曲がり具合や硬さを活かして、茶室の床柱や飾り棚にも活かされ、茶杓(しゃく)など茶道具の材料としても価値があります。梅は春の訪れを告げる花であり、「松竹梅」の示す通り縁起のいい花なので、初釜などにふさわしいものです。梅の木で作られた茶道具は、日本の四季の美しさを茶室で表現する貴重なアイテムです。

 

「梅一輪 一輪ほどの暖かさ」 この句は芭蕉の弟子の服部嵐雪の句だそうです。厳しい冬の寒さに耐えて梅一輪。一輪咲くごとに少しずつ暖かくなってきて、本当の春の訪れが待ち遠しいですね。

梅の花

記事一覧に戻る