雨楽な家BLOGBLOG
キッチンは家のセンターへ
「男子厨房に入るべからず」という古くさい言葉は、孟子の「君子は厨房に近づかない」が元のようで、「男は炊事などせず仕事に精を出せ」という意味で広く伝わりましたが、平成以降はあてはまりません、というより、生きていけません。
中学校の「技術・家庭」の科目は1990年(平成2年)度からは男女共修になりましたが、昭和の時代は男女別学で、男子は技術科を、女子は家庭科を学びました。つまり調理実習は女子だけが学んだのです。「男子に家事は必要なし」という男女差別の古い教育のせいか、今50代以上の男性の中には、料理がほとんどできない、という残念な人々がいます。
ところで、時代の変遷と共に、家の中でキッチンの場所は、暗い北から明るい南へ、
片隅から中央へと移動してきました。というわけで、今回のテーマは「キッチンは家のセンターへ」。
こちらは昔の農家の台所です。木の流し台に水道の蛇口は無く、水がめに溜めた水を使って、調理や洗い物をしました。屋外の井戸から台所まで水を運ぶ過酷さは想像もできません。
左にかまどがありますが、煙突の無いかまどは、家全体を煙で燻製状態にすることで、防腐や防蟻の役目を果たしていました。家事の担い手の健康は二の次だったのでしょうか。生活用品として、木の桶、竹のざる、陶器の壺などが見えます。
冷蔵庫のない時代ですから、食料が腐らないよう、台所は北の片隅の暗くて冷たい場所にあり、漬物、乾物、干物、燻製、煮詰めなど、食料を長期保存するための知恵が蓄積されました。
戦後になり、農村で台所改善運動が進められ、かまどや給水設備の改良、保存食の工夫、ハエや蚊の共同駆除、作業動線の短縮化などが行われ、女性の重労働からの解放や健康向上が少しずつ実現していきました。
こちらは1960年代の都市部の台所です。タイル張りの流し台に水道の蛇口が見えますが、給湯設備はまだありません。ガスコンロが見えるので、都市ガスかプロパンガスの設備がある家庭です。
1960年代の家電「三種の神器」は、「冷蔵庫・洗濯機・白黒テレビ」でした。60年代には電気炊飯器も普及したほか、日本住宅公団(現在のUR都市機構)の団地の影響により、ダイニングキッチンのスタイルとステンレス流し台が普及しはじめました。
この画像の右に見える、上に冷凍庫、下に冷蔵庫の2ドアタイプは、1970年代に広く普及。同時に冷凍食品が数多く登場し、食品の長期保存が可能になり、毎日の買い物から解放されたことは生活の大きな変化です。でも台所はまだ、家の北の暗くて冷たい場所にあるのが普通でした。
1970年代にはシステムキッチンが登場し、80年代には今に続く屋外設置型の給湯器や電子レンジが普及。
90年代には食器洗い乾燥機が普及しはじめ、台所は飛躍的に便利になりました。
あれから四半世紀が過ぎ、昭和、平成、令和と時代は進み、台所はどこまで進化したでしょうか。
こちらの画像は、2025年新春に完成した「雨楽な家・景」です。
キッチンを起点として、ウッドデッキを囲んでL字型に、ダイニングからリビングへと展開。
呼び名も台所からキッチンへと変わりました。
キッチンは家のセンターへとポジションを変え、日照も通風も景色も一番いい南の窓辺へと昇格。
そのうえ隠すキッチンでなく〝見せるキッチン〟へと、デザインもグレードアップしました。
窓は高性能な樹脂と複層ガラスによりハイレベルの断熱性を実現した省エネ効果の高い窓なので
大きい窓でも安心。夏も冬も一年中気持ちいい環境でクッキングを楽しめます。
キッチンから直接ウッドデッキへ出られるうえに、デッキの外にはミニガーデンがあり
四季折々の草木や花を眺めたり、小鳥や虫の声を間近で聴くことができます。
女性だけが家事を負担した時代は過去のもの。2020年代のキッチンは男性女性を問わず
家族で公平に分担して楽しむ、おいしいクッキング・スペースになりました。